看護学校での勉強や、旅行、ファッション・・・思いつくままに書いていこうと思いま~す!

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先日、叔父が亡くなった。私が小さい頃から仲良くしてもらった叔父さんだったから、とても悲しかった。
仕事が終わった後、急いで通夜に行って、次の日仕事を休んで告別式に参加した。
すごく悲しかった。

半年前に肝臓がんが見つかって、もう手遅れだって分かって、叔父さんの希望で抗癌剤をつかった治療はしなかった。「苦しんで死んでいくよりも、余生を大事に過ごしたい」というのが、叔父さんの希望だったから。

通夜の時は、叔父さんが死んだっていう実感がなくて、涙が出ない自分が不思議だった。
でも、告別式が終わった後、霊柩車に運ばれた後に、クラクションが辺りに響いた後、それが叔父さんの最期のみんなへのお別れの言葉の様で、涙があふれて止まらなくなってしまった。

申し訳ないと思ったけど、火葬場には行けなかった。辛かったから。

自分が死んだ時、どんな葬式をしてもらいたいか、そんなことを家に帰ってから考えた。私が死ぬ時はきっとまだ他の家族は生きていて、夫も子供もいて、私が死んだ後もまだまだお金がかかるのだろうと考えると、できるだけ費用のかからない小さなお葬式が良いな、と思った。ただでも、最後のお別れをみんなにしたいな、と思った。

費用のかからない葬儀なんて出来るのかな? ふとインターネットで検索してみた。
そしたらこんなサイトがあった。
小さなお葬式」(http://www.osohshiki.com/temple

葬儀を手配する会社の様だ。

実際にこれを利用した人の声を見てみると、「知識が豊富で丁寧」「あわただしいい葬儀にならなくてよかった」とあった。そう、私のために残された家族に苦労を掛けるのは望まない。そっと、シンプルな葬儀が私はいい。
頼む時も電話一本で済むのだそうだ。これなら、家族も楽だろう。

まだ、私は死なないと思う。でも、こうやって健康に暮らしている今だからこそ、自分が死んだ時のことを考えておきたい。だって、自分にもうすぐお迎えが来るという時に、自分の死に方を選ぶ余裕なんてないと思うから。

2011.01.04 / Top↑
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